仙台地方裁判所 平成7年(ワ)377号 判決 1998年5月19日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
一 争いのない事実
本件逮捕状を請求し、逮捕を継続した宮城県警の警察官は、いずれも被告県の公権力の行使にあたる公務員であること、宮城県警の警察官が、平成七年一月一八日ころ、仙台地方裁判所の裁判官に対し、本件逮捕状の発付を請求したこと、同被疑事件の被疑事実の要旨が、原告が、平成六年一二月七日午前一〇時三八分ころ、仙台空港国内線ターミナルビル内において、郵政大臣の免許を受けずに、無線局を開局したというものであったこと、右裁判官が、同日ころ、本件逮捕状を発付したこと、その後、同裁判所の裁判官が、平成七年二月二四日ころ、宮城県警警察官の請求に基づき、改めて、その有効期間を同年五月二四日までとする逮捕状を発付したことについては、各当事者間において争いがない。
二 本件の事実経過
1 右の争いのない事実に加え、<証拠略>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 宮城県警は、乙原を、平成六年一一月二五日、私印偽造・不正使用の罪で緊急逮捕し、同年一二月七日、処分保留で釈放した。乙原は、釈放前、自分が革マル派を離脱したこと、革マル派が、乙原の身柄の奪還あるいは乙原に対する襲撃を行おうとしていること、検察庁や裁判所に行った際、革マル派組織の人間を目撃したこと等を供述していたので、同人が、仙台空港から、同日午前一〇時五〇分発の全日空機に搭乗して沖縄に向かうのに際し、宮城県警は、仙台空港及びその周辺の警戒を実施したところ、同日午前一〇時ころ、仙台空港国内線ターミナルビル二階待合室ロビー付近で、不審な行動をする年齢四〇歳位の女性を発見した。右女性は、岩沼署の警察官による同署仙台空港警備派出所への任意同行の求めには応じたが、具体的な人定事項の質問への回答並びに所持品及びバッグの開示の要請には、「コウタタケコ」と記載された搭乗券を示したのみで、これに応じないまま派出所を退出した。
(二) その後、右女性(以下「戊田」という。)が、前同日午前一〇時三五分ころ、ターミナルビル二階手荷物検査場を通過しようとした際、検査装置のモニターに、箱形の影と配線のような物が映ったので、警備会社の係官が、警察官立会のうえで、「甲田」の手荷物の開披検査を行ったところ、黒色ショルダーバッグの中には無線機及びその充電器と思われる機材が、黒いカメラバッグの中にはビデオカメラが入っており、カメラバッグの本体は、バッグに入れたまま右カメラで撮影ができるように円形状にくりぬかれ、さらに、「甲田」のうなじの部分に、黒色リード線一本が装着されていることが判明した。そこで、岩沼署警察官は、仙台地方裁判所の裁判官に対し、電波法違反の被疑者として、「甲田」に対する身体検査令状及び捜索差押許可状を請求し、その発付を得て、同日午後七時四〇分ころ、同署仙台空港警備派出所において、「甲田」の身体検査及び捜索を実施し、黒色ショルダーバッグ内にあった無線機一式、充電器一個を差押え、ビデオカメラの録画映像を見分して、ターミナルビル内で警戒中の警察官と搭乗待機中の乙原が撮影されていることを認めた後、身体検査及び捜索を終了した。同署では、右捜索差押終了までに、「甲田」の人定資料として、自称甲田竹子、年齢四〇歳位、身長一五五センチメートル位、やせ形、頭髪ショートカットのパーマという特徴を把握し、「甲田」の写真数枚を撮影するとともに、搭乗券等に記載の住所あるいは連絡先の電話番号について捜査を行ったが、「甲田」という人物を特定するに至らなかったため、無線従事者の資格の有無について照会ができず、同日午後一〇時一〇分ころ、「甲田」を帰宅させた。
(三) 岩沼署では、前項の資料に基づき、「甲田」の特定を全国の警察に照会したところ、宮城県に本籍を有し、警察が革マル派の活動家として把握していた原告が「甲田」ではないかとの情報が寄せられたため、原告の父である次郎から事情を聴取することにし、宮城県警警備部公安課警察官である高橋利之(以下「高橋」という。)及び宮城県警警察官である他の捜査員一名が、平成六年一二月九日午後三時半から五時ころにかけて、次郎方を訪問した。高橋は、次郎との間にあるテーブルの上に、同月七日に撮影した「甲田」の写真四枚を置き、世間話を始めた後、次郎に対し、右写真に見覚えがないかと尋ねたが、次郎は、知らない旨述べ、その後、高橋らと次郎は、次郎の家庭のこと、次郎の趣味のこと等につき話を交わし、その間に、原告が、早稲田大学に入学し、学生運動に関係していたこと等も話題に上った。
(四) 高橋は、右訪問において、次郎が、当該写真について、何かを隠しているとの心証を抱き、その旨、宮城県警警備部公安課の上司である小野寺定雄(以下「小野寺」という。)に報告した。これを受けた小野寺は、同月二〇日午前一一時から午後二時にかけて、高橋とともに、次郎を、同人の自宅に訪問し、次郎から事情を聴取したところ、次郎は、訪問の当初は、写真の「甲田」を原告であると明言せず、「花子かな。」といい、頬から顎にかけては原告に似ていると述べたものの、顔については、こんな口、目、耳だったかな、尋問でも受けるとこんな顔なのかな等と疑問を呈していたが、その後、二〇パーセントから三〇パーセント位は、原告かもしれないと供述するようになり、最終的には、写真の人物を原告であると認め、「甲田」が原告である旨を記載した供述調書の作成に応じた。右供述調書に署名捺印するに当たり、次郎はこれを閲読して、一部訂正を求めているが、その訂正は、同人の身上関係等に関する事柄であり、「甲田」と原告との同一性に関する部分については、特に訂正を申し出たり、留保を付けることはなかった。なお、次郎は、翌二一日午前、岩沼署に出向き、右供述調書の内容をもう一度確認したいとして、県警本部に出向き、一五分から二〇分ほど小野寺及び高橋と面会したが、結局、その訂正を求めることはなかった。
(五) その後の捜査の結果、原告には、電波法にいう無線従事者の資格がないことが判明した。そこで、宮城県警の警察官は、原告が、平成六年一二月七日、仙台空港ターミナルビル内において、無免許無線局を開設し、電波法四条、一一〇条一号違反の行為を行ったことを疑うに足りる相当な理由があるとして、平成七年一月一八日、仙台地方裁判所の裁判官に対し、逮捕状を請求し、同裁判官は、同日、本件逮捕状を発付した。宮城県警では、翌一九日、原告を全国に指名手配したが、その指名手配書には、被疑者である原告の特徴として、身長一五五センチくらい、やせ型、面長、目が細い、頭髪はショートカットのパーマ、かつら使用のおそれがある、首の後ろの中央にほくろがある旨の記載があった。その後、同裁判所の裁判官は、同年二月二四日ころ、宮城県警の警察官の請求に基づき、改めて、その有効期間を同年五月二四日までとする逮捕状を発付した。
(六) 原告は、平成七年三月一〇日午後一時二〇分ころ、鮫洲試験場において、免許証の住所変更手続きを行おうとしたところ、警視庁警察官である花井から、「家出人に同じ名前の人がいるからちょっと待って。」等と言われ、免許証の住所変更登録の受付の奥に入ったところ、その場から立ち去ることを阻止され、電話をかけることも拒否されて、トイレに行くに際しても監視がつくような状態になった。その後、警視庁大井警察署警察官が臨場し、原告に若干の質問をした後、続いて臨場した鵜川らが、同日午後二時二二分ころ、本件逮捕状の緊急執行として原告を逮捕し、同試験場一階事務室で所持品の検査を、同所宿直室において身体の捜索をした。その際、警視庁の婦人警察官らは、原告の首の後ろにほくろがあるか否かを確認した他、原告に対し、ブラジャーとストッキングをとるよう指示した。この間、鵜川及び右婦人警察官らは、これら所持品検査の状況並びに身体の捜索時の状況を撮影した。
(七) 原告は、右逮捕状記載の被疑事実につき全く覚えがなかったところ、前記大井警察署の警察官の言動などから本件容疑者が首の後ろにほくろがある女性であることを知ったため、自分には右ほくろがないことを述べて、本件逮捕が不当逮捕であることを訴えるとともに、弁護士あるいは解放社に連絡するよう、再三にわたり要求したが、鵜川らは、これに応じなかった。その後、原告は、同日午後三時ころ、鮫洲試験場からパトカーの先導により警察車両で東京駅へ向かい、東京駅から東北新幹線で仙台駅へ、仙台駅から警察車両で岩沼署へと、手錠をかけられたまま護送された。なお、原告は、右護送も、弁護士あるいは解放社に連絡を取るよう鵜川らに要求したが、この時も、前の場合と同様、具体的な弁護士名を挙げ、あるいは、特定の弁護士会を指定し、弁護士への連絡を要請したわけではない。
(八) 鵜川らは、前同日午後七時過ぎに、原告を岩沼署の司法警察員に引致し、差押物及び証拠品を引き継いだ。その後、原告は、同署の取調室において、宮城県警の警察官により逮捕状を提示されるとともに、逮捕状記載の犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げられ、弁解を録取された。それに対し、原告は、被疑事実については話す必要はないとして、弁解録取書への署名捺印も拒否したが、弁護人については解放社に連絡し、解放社を通じて弁護士を手配するよう依頼し、押収されたメモにその連絡先の電話番号が書いてあることも告げた。その後、岩沼署は、翌同月一一日午前〇時五〇分ころ、弁護人選任のため、解放社に連絡をし、原告は、同日午前一時ころ、同署に留置された。
(九) 岩沼署では、右留置までの間、次郎及び空港ターミナルビルで「甲田」の事情聴取に立ち会った警察官等に、いわゆる面通しの方法により、原告の人物確認をさせたところ、次郎は、原告が娘の花子である旨を認めたものの、かつて示された写真の人物とは見間違えてしまうと述べ、また、右警察官等からも、「甲田」と原告との同一性について疑問があるとの意見が出された。そこで、岩沼署では、同月一一日午前、宮城県警の警察官を東京に派遣し、原告の姉である甲野松子に対し、「甲田」の写真を示し事情を聴取したところ、「甲田」が原告と同一人物でない旨の供述を得、次郎も、同日、右写真の「甲田」と原告とは別人のように思えてきた旨供述するようになったことから、原告を釈放することとした。
(一〇) 原告の釈放に先立ち、弁護士武田博孝は、同日午前、岩沼署に架電し、同日午後三時ころには、原告との接見に赴く旨伝えた。原告に対する逮捕・留置は、同日午前中も継続したが、原告は、指紋採取、身体検査、写真撮影等の捜査を受けた後、同日午後〇時三〇分ころ、釈放された。同日午後、弁護士武田博孝及び原告は、岩沼署長への面会と、本件逮捕等に関する経過の説明あるいは謝罪等を求めたが、同署副署長は「関係者の供述が曖昧になったので、一旦釈放して引き続き捜査する」というメモを読む一方、一切の説明・謝罪を拒否した。また、原告は、同月一六日、原告代理人弁護士とともに、宮城県警本部及び岩沼署に対し、本件逮捕に至った経過の説明及び原告に対する謝罪を求める申入書を提出しようとしたが、宮城県警本部及び岩沼署は、右申入書の受取りを拒否した(同月一一日午後以降の事実経過については、原告と被告県との間においては当事者間に争いがない。)。
2 もっとも、前記(三)、(四)の認定に対し、次郎は、陳述書及び証言において、同人は、宮城県警の警察官から二回目の訪問を受けた際にも、「甲田」の写真について、知っている顔ではないとはっきり否定したが、小野寺から、一時間ほどにわたって、それが原告の写真ではないかと繰り返し尋ねられて、「甲田」が原告であることを認めるように迫られ、その際、原告が、現在、沖縄の方で内ゲバに追い回されて、夜も眠れない逃亡生活を送っていること、原告がその逃亡生活から解放されるためには、一時外国に出ることが一番手っ取り早いこと、小野寺は職業柄その方のルートを知っており、三〇ないし五〇万円あれば、手続きなどの手伝いをする用意があるが、そのためには、「甲田」の写真を原告の写真であると認める必要があることを告げられたため、親として、原告を内ゲバから救うことが大切と考えるようになり、「甲田」が原告とは違うと考えていたものの、結局、捜査に協力することとして、「甲田」が原告であることを認める供述調書に署名捺印した旨述べており、次郎が当時記載していたとする日記にも、一部、これに沿う記載がある。
しかし、次郎は、右二回目の訪問を受けた際、当初は、写真に写っている「甲田」と原告との同一性にやや疑問を抱いていた様子が窺われるものの、その後、最終的には右写真の人物が原告であることを認め、その旨の供述調書の作成に応じていることは前記認定のとおりである。そして、次郎は、右供述調書に署名捺印するに当たり、他の点については訂正を申し出ていながら、右同一性の点については、特に訂正を申し出たり、留保を付けることはしていない(次郎は、右訂正を申し出たことはないかのように述べるが、証人小野寺の証言及び乙三の記載状況に照らし、採用し難い。)。なお、次郎が、右訂正を申し出た点の一つは、妻との同居時期について、「この頃」とあったのを「この後、半年後位に」としてほしいというものであり、その理由は、次郎が前の妻と離婚して、すぐ今の妻と住んだように思われるからというものであって、そのような細部についても、事実と反する記載がなされることについて異議を述べた同人が、何らかの犯罪と関わりのある「甲田」と原告との同一性という重要な問題について、あえて事実に反する調書を作成することに応じたとは到底考えられない。なお、次郎は、原告の逮捕後、岩沼署で実際に原告を面通ししたのち、写真で示された「甲田」との同一性に疑問を呈するようになり、逮捕後作成された供述調書でもその旨を述べているが(次郎は、右各供述調書について、文面を見た記憶がないなどと証言するけれども、直ちに採用し難い。)、その供述内容も、今回、実際に原告の姿を見てからは、写真の女性である「甲田」と原告とが同じであるか疑問が出てきたというものであり、それまでは、右写真の人物と原告とが同一であると考えていた様子が窺われる。
このようにみてくると、前記次郎の陳述書及び証言は、必ずしも採用し難い。また、右に述べたところからすれば、前記の日記についても、そのすべてが当時書かれたものといえるか否か疑問を入れる余地があるから、右日記も前記判断を左右するに足るものではない。なお、次郎が当初「甲田」と原告との同一性に疑問を呈していたのに対し、小野寺あるいは高橋が、それを認めさせるべく、ある程度の説得を続けたことは想像に難くないし、その中で内ゲバ等の話がでた可能性も否定できないが、当時は、次郎が娘である原告につき不利となる事柄について、供述を躊躇したり、事実に反する供述をすることも十分に考えられる状況だったのであるから、そのような説得をしたことが違法であるとはいえないし、そのことから直ちに、小野寺らが、次郎を欺き、事実に反する供述調書を作成しようとしていたと推認できるものではない。
三 請求原因3(被告県の責任)について
1 請求原因3(一)(本件逮捕状請求の違法性)について
(一) 逮捕状の請求は、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり(刑訴法一九九条一項)、かつ、逮捕の必要性がある場合になされるところ、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由とは、証拠資料に裏付けられた客観的・合理的な嫌疑であることを要するものの、有罪判決の事実認定に要求される合理的疑いを越える程度の高度の証明は必要でなく、公訴を提起するに足りる程度の嫌疑までも要求されないことはもちろん、勾留の理由として要求されている相当の嫌疑よりも低い程度の嫌疑で足りるというべきである。
したがって、国家賠償法一条一項の適用上、逮捕状の請求が犯罪の嫌疑を欠いて違法であるというためには、右請求時における捜査資料に基づく犯罪の嫌疑についての判断が、証拠の評価につき通常考えられる個人差を考慮にいれても、右の程度の客観的・合理的嫌疑に達していないというような場合に限られるというべきである。
(二) 本件についてこれをみるに、前記の認定事実によれば、岩沼署警察官が「甲田」から差押えた無線機が電波法四条の除外事由に該当しない無線機であること、及び、原告が無線局の開設の許可を郵政大臣から受けていないことが明らかになったこと、「甲田」が右無線機を所持していた事実は現認されていることから、「甲田」については、本件被疑事件について、前記(一)の客観的・合理的な嫌疑があることは明らかである。
したがって、問題は、原告と「甲田」との同一性であるところ、前記認定事実によれば、本件逮捕状請求者が、右請求時における捜査資料に基づいて右同一性を判断した根拠としては、原告が、宮城県に本籍を有する革マル派活動家として、「甲田」ではないかとの情報が他の警察機関から寄せられていたところ、「甲田」の写真と原告の容貌が似ており、原告の実父も、写真の「甲田」を原告と認めて、その旨の供述調書の作成に応じていること、なお、原告は、宮城県出身であり、少なくとも高校までは仙台にいて、土地勘があることなどがあったことなどがあったと認められるのであって、これらの事実からすれば、本件逮捕状請求時において、原告が本件被疑事件を犯したと疑うに足りる相当な理由、すなわち、前記(一)の客観的・合理的な嫌疑が存在したというべきである。
(三) 原告は、小野寺らは、次郎が「甲田」と原告との同一性を否認していたにもかかわらず、その同一性を認めれば、原告を海外に逃亡させる手続ができるかのように述べてその旨信じ込ませ、原告が被疑者であることを認める供述調書を作成させたものである旨主張するが、そのような事実を認め難いことは前記二2のとおりである。また、原告は、本件逮捕状の請求に際し、父親以外の者に原告と被疑者の同一性を確認すべきであるのにこれをしなかったことや、次郎に対し、原告の首の後ろにほくろがあるか否かの確認を怠ったことをもって、本件逮捕状請求の違法事由として主張するが、本件では、前記のように、実の父親である次郎が、「甲田」の写真をみて、それが原告であることを認める供述をしており、他の状況と相まって、原告が本件被疑事件を犯したと疑うに足りる相当な理由が存在したのであるから、それに加えて、右のような確認までをしなければならないとは解し難い。
(四) したがって、本件逮捕状の請求は、適法である。
2 請求原因3(二)(鵜川らによる原告の逮捕及び岩沼署警察官による原告の留置の違法性)について
(一) 国家賠償法一条一項の適用上、逮捕及びそれに基づく被疑者の留置が違法となるのは、それまでの捜査により収集した証拠資料を総合勘案して逮捕及び留置の必要性を判断しても、その合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかな場合に限られるというべきである。右逮捕及び留置の必要性には、犯罪の嫌疑の存在も含まれるから、犯罪の嫌疑が客観的に欠如するに至った場合には、逮捕状を執行することは許されないし、留置を継続することも違法になるというべきである。
(二) 本件でこれをみるに、本件逮捕に際して存在した「甲田」の特定に関する捜査資料としては、「甲田」の写真のほか、指名手配書に記載されたような、身長一五五センチくらい、やせ形、細面、細い目、頭髪ショートカットのパーマ、かつら使用のおそれ、首の後ろにほくろありというような人物特徴があったところ、「甲田」の写真と実際の原告の顔貌を対比すると、印象はやや異なるし、本件逮捕状を執行するに当たり、原告の身体を確認したところ、原告には、右のようなほくろが認められなかったことは前記のとおりである。
しかしながら、右のように、「甲田」の写真と原告とでは、印象が異なるとはいえ、顔の輪郭や目鼻立ちにおいて似ている面があることは否定し難く、この点は、実の父親である次郎も認めるところであり、「甲田」が原告である旨の同人の供述調書も存在していた。また、ほくろについても医学的には除去可能なものである。このようにみてくると、前記のように、「甲田」の写真と原告では印象が異なることや、ほくろが存在しなかったということのみで、直ちに原告が指名手配にかかる「甲田」とは別人であるとは断定できず、慎重にその同一性を見極める必要があったことは明らかであり、本件逮捕状を執行した時点で、原告に対する犯罪の合理的嫌疑が客観的に欠如するに至ったとはいえない。
(三) その後の留置についても同様であり、本件では、原告の実の父親である次郎が、「甲田」を原告であると認め、その旨の供述調書も存在していたのであるから、前記のような状況だけでは、直ちに原告についての犯罪の合理的嫌疑が客観的に欠如するに至ったとはいえず、右次郎の供述調書の信用性に相当の疑問を抱かせるような新たな証拠が出てくるまでは、原告について、留置を継続する必要性が存在したというべきである。本件では、前記認定のような経過で、次郎がそれまでの供述を変更した上、原告の姉である甲野松子も、「甲田」と原告とは同一人物ではない旨の供述をし、次郎の前記供述調書の信用性に疑問が出てきたため、原告は、釈放されるに至ったものであるところ、右に述べたところからすれば、それまでの間、原告の留置を継続したことが違法であるとは認め難い。
(四) したがって、原告の逮捕及び留置が違法であるとはいえない。
3 請求原因3(三)(弁護人選任権の侵害)について
(一) 原告は、鵜川が、原告の逮捕後、原告に対し、弁護人を選任することができる旨を告げなかったこと、また、鵜川ら警視庁警察官及び引致後の宮城県警の警察官らが、解放社に対し、原告が解放社を通じ弁護人を選任したい意向を有することを伝達しなかったことをもって、原告の弁護人選任権を侵害したと主張する。
(二) しかし、<証拠略>によれば、原告は、逮捕直後から、解放社を通じて弁護人を選任すると言っており、弁護人選任権があることは既に知っていたのであるから、鵜川が、これを告げなかったからといって、原告の弁護人選任権が侵害されたと認めることはできない。なお、<証拠略>によれば、指名手配に基づく逮捕状の緊急執行の場合、逮捕状は、手配を依頼した警察署にあるのであるから、弁解録取と弁護人選任権の告知は、手配した警察署に身柄を引致の上行うのが通常であると認められるし、刑訴法も、そのような手続を予定しているものと解される。
(三) また、<証拠略>によれば、捜査実務上、被疑者から、被疑者の家族あるいは勤務先の上司等に連絡して弁護人を選任してもらいたい旨の申出があった場合には、証拠隠滅、関係者の逃走等という捜査上の支障を来すおそれがない限り、右申出に応じて連絡をすることが望ましいとされていることが認められるが、本件被疑事件は革マル派に関係するものであったところ、解放社が、原告の親族あるいは勤務先などではなく、革マル派機関誌の発行所であり、証拠隠滅等の可能性を必ずしも否定できない場合であったことなどからすれば、鵜川らが、解放社に対し、原告が解放社を通じて弁護人を選任したいと望んでいることを連絡しなかったとしても、これをもって、弁護人選任権の侵害と認めることはできない。原告は、公安事件にあっては、解放社を通じて弁護人が選任されている実務がある旨主張し、本件においても、岩沼署は、結局は、解放社に弁護人選任についての連絡をしているのであるが、そのような便宜的扱いが許容されることと、右のような措置を取らないことが、弁護人選任権の侵害になるか否かは別の問題である。なお、原告は、解放社を通じての弁護人の依頼のほか、弁護士に連絡するようにという要求をしていたことは前記認定のとおりであるが、それは具体的な弁護士名を挙げたり、あるいは、特定の弁護士会を指定してのものではないから、鵜川らがそれに応じて直ちに弁護士への連絡をとらなかったからといって、それが弁護人選任権の侵害となるものではない。
(四) したがって、本件で、原告の弁護人選任権の侵害となるような行為があったとは認め難い。
4 以上のとおり、本件逮捕状の請求並びにそれに基づく原告の逮捕及び留置が違法であったとは認め難いし、原告の弁護人選任権の侵害となるような行為があったとも認め難いから、これらの行為について、被告県が国家賠償法一条一項に基づく責任を負うものではない。また、原告は、鮫洲試験場のトイレに入っているところを婦人警察官にのぞかれたとか、同所で下着類の脱衣姿を撮影されたなどとも主張するが、これらを独立の違法事由として主張するものではないから、たとえ、そのような事実があったとしても、右逮捕が適法である以上、それによって、被告県が何らかの損害賠償義務を負担するものではない。
なお、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告と「甲田」とが客観的にみて同一人物であるとは認め難く、本件は、結果的にみて、誤認逮捕であったというほかないが、それによって、逮捕状の請求並びにそれに基づく逮捕及び留置が当然に違法となるものでないことはいうまでもない。
四 請求原因4(被告国の責任)について
1 国家賠償法一条一項の適用上、逮捕状の発付が犯罪の嫌疑を欠くことにより違法となるのは、逮捕状請求時における捜査資料に基づく犯罪の嫌疑についての判断が、証拠の評価につき通常考えられる個人差を考慮にいれても、前記三1(一)の程度の客観的・合理的嫌疑に達していないにもかかわらず、裁判官がその職務の遂行上遵守すべき基準に反し、逮捕状を発したというような場合に限られるというべきである。
2 本件では、「甲田」が本件被疑事件を犯したことを疑うに足りる相当な理由があったことは明らかであるから、原告と「甲田」との同一性が認められれば、右のような客観的・合理的嫌疑が存在したことになるところ、証人小野寺の証言によれば、本件逮捕状請求時における捜査資料には、次郎の供述調書が添付されていたと認められること、次郎は、右調書において、「写真などをお見せ頂ければ、それが花子であるかどうかは、一目でわかります。」と述べたうえ、写真に写った「甲田」をみて、「娘の花子です。」と述べているのであるから、本件で、右のような嫌疑が存在したことは明らかである。
3 したがって、仙台地方裁判所の裁判官が、「甲田」と原告との同一人物性を認め、本件逮捕状を発付した行為は、適法であるから、それについて、国が国家賠償法一条一項に基づく責任を負うものではない。
五 請求原因6(物件の廃棄請求)について
前記のように、本件逮捕が適法である以上、その違法を前提とする請求原因6の物件の廃棄請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
六 結論
よって、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成一〇年一月二〇日)
(裁判長裁判官 及川憲夫 裁判官 佐藤道明 裁判官 山崎克人)